ならぬ。
何かしら絆《きずな》が搦《から》んでいるらしい、判事は、いずれ不祥のことと胸を――色も変ったよう、
「どうかしたのかい、」と少しせき込んだが、いう言葉に力が入った。
「煩っておりますので、」
「何、煩って、」
「はい、煩っておりますのでございますが。……」
「良《い》い医者にかけなけりゃ不可《いか》んよ。どんな病気だ、ここいらは田舎だから、」とつい通《とおり》の人のただ口さきを合せる一応の挨拶のごときものではない。
婆さんも張合のあることと思入った形で、
「折入って旦那様に聞いてやって頂きたいので、委《くわ》しく申上げませんと解りません、お可煩《うるさ》くなりましたら、面倒だとおっしゃって下さりまし、直ぐとお茶にいたしてしまいまする。
あの娘《こ》は阿米《およね》といいましてちょうど十八になりますが、親なしで、昨年《きょねん》の春まで麹町《こうじまち》十五丁目辺で、旦那様、榎《えのき》のお医者といって評判の漢方の先生、それが伯父御に当ります、その邸《やしき》で世話になって育ちましたそうでございます。
門の屋根を突貫いた榎の大木が、大層名高いのでございますが、お医者はど
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