これも佳《い》い娘《こ》だと思いまする年寄の慾目《よくめ》、人ごとながら自惚《うぬぼれ》でございましょう、それで附かぬことをお話し申しますようではございますけれども旦那様、後生でございます、可哀相だと思ってやって下さりまし。」と繰返してまた言った。かく可哀相だと思ってやれと、色に憂《うれい》を帯びて同情を求めること三たびであるから、判事は思わず胸が騒いで幽《かすか》に肉《ししむら》の動くのを覚えた。
 向島《むこうじま》のうら枯《がれ》さえ見に行《ゆ》く人もないのに、秋の末の十二社、それはよし、もの好《ずき》として差措《さしお》いても、小山にはまだ令室のないこと、並びに今も来る途中、朋友なる給水工場の重役の宅で一盞《いっさん》すすめられて杯の遣取《やりとり》をする内に、娶《めと》るべき女房の身分に就いて、忠告と意見とが折合ず、血気の論とたしなめられながらも、耳朶《みみたぶ》を赤うするまでに、たといいかなるものでも、社会の階級の何種に属する女でも乃公《だいこう》が気に入ったものをという主張をして、華族でも、士族でも、町家の娘でも、令嬢でもたとい小間使でもと言ったことをここに断っておかねば
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