を垂れ蔽《おお》える鼻に入《い》ってやがて他の耳に来《きた》るならずや。異様なる持主は、その鼻を真俯向《まうつむ》けに、長やかなる顔を薄暗がりの中に据え、一道の臭気を放って、いつか土間に立ってかの杖で土をことことと鳴《なら》していた。
「あれ。」打てば響くがごとくお米が身内はわなないた。
堪《たま》りかねて婆さんは、鼻に向って屹《きっ》と居直ったが、爺《じじい》がクンクンと鳴して左右に蠢《うご》めかしたのを一目見ると、しりごみをして固くお米を抱きながら竦《すく》んだ。
「杖に縋って早や助かれ。女《むすめ》やい、女、金子は盗まいでも、自分の心が汝《うぬ》が身を責殺すのじゃわ、たわけ奴めが、フン。我《わし》を頼め、膝を抱け、杖に縋れ、これ、生命《いのち》が無いぞの。」と洞穴の奥から幽《かすか》に、呼ぶよう、人間の耳に聞えて、この淫魔《いんま》ほざきながら、したたかの狼藉《ろうぜき》かな。杖を逆に取って、うつぶしになって上口《あがりぐち》に倒れている、お米の衣《きぬ》の裾をハタと打って、また打った。
「厭よ、厭よ、厭よう。」と今はと見ゆる悲鳴である。
「この、たわけ奴《め》の。」
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