め》の黒髪にも婆さんの袖にもちらちらと懸《かか》ったが、直ぐに色も分かず日は暮れたのである。
「お米さん、まあ、」と抱いたまま、はッはッいうと、絶ゆげな呼吸《いき》づかい、疲果てた身を悶《もだ》えて、
「厭《いやッ》よう、つかまえられるよう。」
「誰に、誰につかまえられるんだよ。」
「厭ですよ、あれ、巡査《おまわり》さん。」
「何、巡査さんが、」と驚いたが、抱く手の濡れるほど哀れ冷汗びっしょりで、身を揉《も》んで逃げようとするので、さては私だという見境ももうなくなったと、気がついて悲しくなった。
「しっかりしておくれ、お米さん、しっかりしておくれよ、ねえ。」
お米はただ切なそうに、ああああというばかりであったが、急にまた堪え得ぬばかり、
「堪忍よう、あれ、」と叫んだ。
「堪忍をするから謝罪《あやま》れの。どこをどう狂い廻っても、私《わし》が目から隠れる穴はないぞの。無くなった金子《かね》は今日出たが、汝《うぬ》が罪は消えぬのじゃ。女《むすめ》、さあ、私《わし》を頼め、足を頂け、こりゃこの杖に縋《すが》れ。」と蚊の呻《うめ》くようなる声して、ぶつぶついうその音調は、一たび口を出でて、唇
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