吐息《といき》とともにいったのであるが、言外おのずからその明眸《めいぼう》の届くべき大審院の椅子の周囲、西北《さいほく》三里以内に、かかる不平を差置くに忍びざる意気があって露《あらわ》れた。
「どうぞまあ、何は措《お》きましてともかくもう一服遊ばして下さいまし、お茶も冷えてしまいました。決してあの、唯今のことにつきましておねだり申しますのではございません、これからは茶店を預ります商売|冥利《みょうり》、精一杯の御馳走《ごちそう》、きざ柿でも剥《む》いて差上げましょう。生の栗がございますが、お米が達者でいて今日も遊びに参りましたら、灰に埋《うず》んで、あの器用な手で綺麗にこしらえさして上げましょうものを。……どうぞ、唯今お熱いお湯を。旦那様お寒くなりはしませんか。」
今は物思いに沈んで、一秒《いっセコンド》の間に、婆が長物語りを三たび四たび、つむじ風のごとく疾《と》く、颯《さっ》と繰返して、うっかりしていた判事は、心着けられて、フト身に沁む外《と》の方《かた》を、欄干|越《ごし》に打見遣《うちみや》った。
黄昏《たそがれ》や、早や黄昏は森の中からその色を浴びせかけて、滝を蔽《おお》え
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