ましても時ならぬこの辺へ、旦那様のお立寄遊ばしたのを、私はお引合せと思いますが、飛んだ因縁だとおあきらめ下さいまして、どうぞ一番《ひとつ》一言《ひとこと》でも何とか力になりますよう、おっしゃっては下さいませんか。何しろ煩っておりますので、片時でもほッという呼吸《いき》をつかせてやりたく存じますが、こうでございます、旦那様お見かけ申して拝みまする。」と言《ことば》も切に声も迫って、両眼に浮べた涙とともに真《まこと》は面《おもて》にあふれたのである。
行懸《ゆきがか》り、言《ことば》の端、察するに頼母《たのも》しき紳士と思い、且つ小山を婆《ばば》が目からその風采《ふうさい》を推して、名のある医士であるとしたらしい。
正に大審院に、高き天を頂いて、国家の法を裁すべき判事は、よく堪えてお幾の物語の、一部始終を聞き果てたが、渠《かれ》は実際、事の本末《もとすえ》を、冷《ひやや》かに判ずるよりも、お米が身に関する故をもって、むしろ情において激せざるを得なかったから、言下《ごんか》に打出して事理を決する答をば、与え得ないで、
「都を少しでも放れると、怪《け》しからん話があるな、婆さん。」とばかり
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