]《おくび》にも出しませんで、逢って帰れ! と部屋へ通されましてございます。
 それでも生命《いのち》はあったか、と世を隔てたものにでも逢いますような心持。いきなり縋《すが》り寄って、寝ている夜具の袖へ手をかけますと、密《そっ》と目をあいて私《わたくし》の顔を見ましたっけ、三日四日が間にめっきりやつれてしまいました、顔を見ますと二人とも声よりは前《さき》へ涙なんでございます。
 物もいわないで、あの女《こ》が前髪のこわれた額際まで、天鵞絨《びろうど》の襟を引《ひっ》かぶったきり、ふるえて泣いてるのでございましょう。
 ようよう口を利かせますまでには、大概骨が折れた事じゃアありません。
 口説いたり、すかしたり、怨《うら》んでみたり、叱ったり、いろいろにいたして訳を聞きますると、申訳をするまでもない、お金子《かね》に手もつけはしませんが、験《げん》のある祈をされて、居ても立ってもいられなくなったことがある。
 それは※[#疑問符感嘆符、1−8−77]
 やっぱりお金子《かね》の事で、私は飛んだ心得違いをいたしました、もうどうしましょう。もとよりお金子は数さえ存じません位ですが、心では誠に
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