寄って、縫物をしておりますと、外は見通しの畠、畦道《あぜみち》を馬も百姓も、往《い》ったり、来たりします処、どこで見当をつけましたものか、あの爺《じじい》のそのそ嗅《か》ぎつけて参りましてね、蚊遣《かやり》の煙がどことなく立ち渡ります中を、段々近くへ寄って来て、格子へつかまって例の通り、鼻の下へつッかい棒の杖をついて休みながら、ぬっとあのふやけ[#「ふやけ」に傍点]た色づいて薄赤い、てらてらする鼻の尖《さき》を突き出して、お米の横顔の処を嗅ぎ出したのでございますと。
 もうもう五宿の女郎の、油、白粉《おしろい》、襟垢《えりあか》の香《におい》まで嗅いで嗅いで嗅ぎためて、ものの匂で重量《おもり》がついているのでございますもの、夢中だって気勢《けはい》が知れます。
 それが貴方、明前《あかりさき》へ、突立《つった》ってるのじゃあございません、脊伸をしてからが大概人の蹲《しゃが》みます位なんで、高慢な、澄した今産れて来て、娑婆《しゃば》の風に吹かれたという顔色《かおつき》で、黙って、※[#「口+愛」、第3水準1−15−23]《おくび》をしちゃあ、クンクン、クンクン小さな法螺《ほら》の貝ほどに
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