場所柄の、さびれさ加減思うべしで、建廻した茶屋|休息所《やすみどころ》、その節は、ビール聞し召せ枝豆も候だのが、ただ葦簀《よしず》の屋根と柱のみ、破《やぶれ》の見える床の上へ、二ひら三ひら、申訳だけの緋《ひ》の毛布《けっと》を敷いてある。その掛茶屋は、松と薄《すすき》で取廻し、大根畠を小高く見せた周囲五町ばかりの大池の汀《みぎわ》になっていて、緋鯉《ひごい》の影、真鯉の姿も小波《さざなみ》の立つ中に美しく、こぼれ松葉の一筋二筋|辷《すべ》るように水面を吹かれて渡るのも風情であるから、判事は最初、杖をここに留《とど》めて憩ったのであるが、眩《まばゆ》いばかり西日が射《さ》すので、頭痛持なれば眉を顰《ひそ》め、水底《みなそこ》へ深く入った鯉とともにその毛布《けっと》の席《むしろ》を去って、間《あい》に土間一ツ隔てたそれなる母屋の中二階に引越したのであった。
 中二階といってもただ段の数二ツ、一段低い処にお幾という婆さんが、塩|煎餅《せんべい》の壺《つぼ》と、駄菓子の箱と熟柿《じゅくし》の笊《ざる》を横に控え、角火鉢の大《おおき》いのに、真鍮《しんちゅう》の薬罐《やかん》から湯気を立たせたの
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