かえって法廷を進退する公事《くじ》訴訟人の風采《ふうさい》、俤《おもかげ》、伏目《ふしめ》に我を仰ぎ見る囚人の顔、弁護士の額、原告の鼻、検事の髯《ひげ》、押丁《おうてい》等の服装、傍聴席の光線の工合《ぐあい》などが、目を遮り、胸を蔽《おお》うて、年少判事はこの大《おおい》なる責任のために、手も自由ならず、足の運びも重いばかり、光った靴の爪尖《つまさき》と、杖の端の輝く銀とを心すともなく直視《みつ》めながら、一歩進み二歩|行《ゆ》く内、にわかに颯《さっ》と暗くなって、風が身に染むので心着けば、樹蔭《こかげ》なる崖《がけ》の腹から二頭の竜の、二条の氷柱を吐く末が百筋《ももすじ》に乱れて、どッと池へ灌《そそ》ぐのは、熊野の野社《のやしろ》の千歳経《ちとせふ》る杉の林を頂いた、十二社の滝の下路《したみち》である。
二
「何か変ったこともないか。」と滝に臨んだ中二階の小座敷、欄干に凭《もた》れながら判事は徒然《つれづれ》に茶店の婆さんに話しかける。
十二社あたりへ客の寄るのは、夏も極暑の節|一盛《ひとさかり》で、やがて初冬にもなれば、上の社《やしろ》の森の中で狐が鳴こうという
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