外散策、足固めかたがた新宿から歩行《ある》いて、十二社あたりまで行こうという途中、この新開に住んでいる給水工場の重役人に知合があって立寄ったのであった。
これから、名を由之助《よしのすけ》という小山判事は、埃《ほこり》も立たない秋の空は水のように澄渡って、あちらこちら蕎麦の茎の西日の色、真赤《まっか》な蕃椒《とうがらし》が一団々々ある中へ、口にしたその葉巻の紫の煙を軽く吹き乱しながら、田圃道《たんぼみち》を楽しそう。
その胸の中《うち》もまた察すべきものである。小山はもとより医者が厭《いや》だから文学を、文学も妙でない、法律を、政治をといった側の少年ではなかった。
されば法官がその望《のぞみ》で、就中《なかんずく》希《こいねが》った判事に志を得て、新たに、はじめて、その方は……と神聖にして犯すべからざる天下控訴院の椅子にかかろうとする二三日。
足の運びにつれて目に映じて心に往来《ゆきき》するものは、土橋でなく、流《ながれ》でなく、遠方の森でなく、工場の煙突でなく、路傍《みちばた》の藪《やぶ》でなく、寺の屋根でもなく、影でなく、日南《ひなた》でなく、土の凸凹《でこぼこ》でもなく、
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