った口に葉巻を啣《くわ》えたままで、今門を出て、刈取ったあとの蕎麦畠《そばばたけ》に面した。
この畠を前にして、門前の径《こみち》を右へ行《ゆ》けば通《とおり》へ出て、停車場《ステエション》へは五町に足りない。左は、田舎道で、まず近いのが十二社《じゅうにそう》、堀ノ内、角筈《つのはず》、目黒などへ行《ゆ》くのである。
見れば青物を市へ積出した荷車が絶えては続き、街道を在所の方へ曳《ひ》いて帰る。午後三時を過ぎて秋の日は暮れるに間もあるまいに、停車場《ステエション》の道には向わないで、かえって十二社の方へ靴の尖《さき》を廻《めぐ》らして、衝《つ》と杖《ステッキ》を突出した。
しかもこの人は牛込南町辺に住居《すまい》する法官である。去年まず検事補に叙せられたのが、今年になって夏のはじめ、新《あらた》に大審院の判事に任ぜられると直ぐに暑中休暇になったが、暑さが厳しい年であったため、痩《や》せるまでの煩いをしたために、院が開けてからも二月ばかり病気びきをして、静《しずか》に療養をしたので、このごろではすっかり全快、そこで届を出してやがて出勤をしようという。
ちょうど日曜で、久しぶりの郊
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