ょううし》の刻だったと申します、」と婆さんは肩をすぼめ、
「しかも降続きました五月雨《さみだれ》のことで、攫《さら》われて参りましたと同一《おんなじ》夜だと申しますが、皺枯《しわが》れた声をして、
(家中《うちじゅう》無事か、)といったそうでございますよ。見ると、真暗《まっくら》な破風の間《あい》から、ぼやけた鼻が覗《のぞ》いていましょうではございませんか。
皆《みんな》、手も足も縮《すく》んでしまいましたろう、縛りつけられたようになりましたそうでございますが、まだその親が居《お》りました時分、魔道へ入った児《こ》でも鼻を嘗《な》めたいほど可愛かったと申しまする。
(忰《せがれ》、まあ、)と父親《てておや》が寄ろうとしますと、変な声を出して、
寄らっしゃるな、しばらく人間とは交《まじわ》らぬ、と払い退《の》けるようにしてそれから一式の恩返しだといって、その時、饅頭の餡《あん》の製し方を教えて、屋根からまた行方が解らなくなったと申しますが、それからはその島屋の饅頭といって街道名代の名物でございます。」
十一
「在り来《きた》りの皮は、麁末《そまつ》な麦の香のする田舎
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