が、難有味《ありがたみ》はなくッても信仰はしませんでも、厭《いや》な奴は厭な奴で、私がこう悪口《あっこう》を申しますのを、形は見えませんでもどこかで聞いていて、仇《あだ》をしやしまいかと思いますほど、気味の悪い爺《じじい》なんでございまして、」
 といいながら日暮際のぱっと明《あかる》い、艶《つや》のないぼやけた下なる納戸に、自分が座の、人なき薄汚れた座蒲団のあたりを見て、婆さんは後《うしろ》見らるる風情であったが、声を低うし、
「全体あの爺は甲州街道で、小商人《こあきんど》、煮売屋ともつかず、茶屋ともつかず、駄菓子だの、柿だの饅頭《まんじゅう》だのを商いまする内の隠居でございまして、私《わたくし》ども子供の内から親どもの話に聞いておりましたが、何でも十六七の小僧の時分、神隠しか、攫《さら》われたか、行方知れずになったんですって。見えなくなった日を命日にしている位でございましたそうですが、七年ばかり経《た》ちましてから、ふいと内の者に姿を見せたと申しますよ。
 それもね、旦那様、まともに帰って来たのではありません。破風《はふ》を開けて顔ばかり出しましたとさ、厭じゃありませんか、正丑《し
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