饅頭なんですが、その餡の工合《ぐあい》がまた格別、何とも申されません旨《うま》さ加減、それに幾日《いくか》置きましても干からびず、味は変りませんのが評判で、売れますこと売れますこと。
近在は申すまでもなく、府中八王子|辺《あたり》までもお土産折詰になりますわ。三鷹《みたか》村深大寺、桜井、駒返《こまかえ》し、結構お茶うけはこれに限る、と東京のお客様にも自慢をするようになりましたでしょう。
三年と五年の中《うち》にはめきめきと身上《しんしょう》を仕出しまして、家《うち》は建て増します、座敷は拵《こしら》えます、通庭《とおりにわ》の両方には入込《いりごみ》でお客が一杯という勢《いきおい》、とうとう蔵の二|戸前《とまえ》も拵《こしら》えて、初《はじめ》はほんのもう屋台店で渋茶を汲出《くみだ》しておりましたのが俄分限《にわかぶげん》。
七年目に一度顔を見せましてから毎年五月雨のその晩には、きっと一度ずつ破風《はふ》から覗《のぞ》きまして、
(家中無事か。)おお、厭だ!」と寂しげに笑ってお幾婆さんは身顫《みぶるい》をした。
「その中《うち》親が亡《なく》なって代がかわりました。三人の兄弟で
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