きな、爺《じじい》の化精《ばけもの》でございまして。」

       八

「旦那様、この辺をお通り遊ばしたことがございますなら、田舎道などでお見懸けなさりはしませんか。もし、御覧《ごろう》じましたら、ただ鼻とこう申せば、お分りになりますでございましょう。」
 判事はちょっと口を挟んで、
「鼻、何鼻の大きい老人、」
「御覧じゃりましたかね。」
「むむ、過日《いつか》来る時奇代な人間が居ると思ったが、それか。」
「それでございますとも。」
「お待ち、ちょうどあすこだ、」と判事は胸を斜めに振返って、欄干《てすり》に肱《ひじ》を懸けると、滝の下道が三ツばかり畝《うね》って葉の蔭に入る一叢《ひとむら》の藪《やぶ》を指《ゆびさ》した。
「あの藪を出て、少し行った路傍《みちばた》の日当《ひあたり》の可《よ》い処に植木屋の木戸とも思うのがある。」
「はい、植吉でございます。」
「そうか、その木戸の前に、どこか四ツ谷辺の縁日へでも持出すと見えて、女郎花《おみなえし》だの、桔梗《ききょう》、竜胆《りんどう》だの、何、大したものはない、ほんの草物ばかり、それはそれは綺麗に咲いたのを積んだまま置いてあった
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