に対する心の秘密とともに胸に秘めて何事も謂《い》わず、ただ憂慮《きづか》わしいのは女の身の上、聞きたいのは婆《ばば》が金貨を頂かせられて、――
「それから、お前がその金子《かね》を見せてもらうと、」
促して尋ねると、意外千万、
「そのお金が五百円、その晩お手箪笥《てだんす》の抽斗《ひきだし》から出してお使いなさろうとするとすっかり紛失をしていたのでございます、」と句切って、判事の顔を見て婆さんは溜息《ためいき》を吐《つ》いたが、小山も驚いたのである。
赤羽|停車場《ステエション》の婆さんの挙動と金貨を頂かせた奥方の所為《しわざ》とは不言不語《いわずかたらず》の内に線を引いてそれがお米の身に結ばれるというような事でもあるだろうと、聞きながら推したに、五百円が失《う》せたというのは思いがけない極《きわみ》であった。
「ええ、すっかり紛失?」と判事も屹《きっ》と目を瞠《みは》ったが、この人々はその意気において、五という数《すう》が、百となって、円とあるのに慌てるような風ではない。
「まあどうしたというのでございますか、抽斗にお了《しま》いなすったのは私《わたくし》もその時見ておりましたの
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