煙を吹きながら、目ばかり出したその清い目で、一場《いちじょう》の光景を屹《きっ》と瞻《みまも》っていたことを。――されば婆さんは今その事について何にも言わなかったが、実はこの媼《おうな》、お米に椅子を払って招じられると、帯の間《あい》からぬいと青切符をわざとらしく抜出して手に持ちながら、勿体ない私《わたくし》風情がといいいい貴夫人の一行をじろりと※[#「目+句」、第4水準2−81−91]《みまわ》し、躙《にじ》り寄って、お米が背後《うしろ》に立った前の処、すなわち旧《もと》の椅子に直って、そして手を合せて小間使を拝んだので、一行が白け渡ったのまで見て知っている位であるから、この間のこの茶店における会合は、娘と婆さんとには不意に顔の合っただけであるけれども、判事に取っては蓋《けだ》し不思議のめぐりあいであった。
かく停車場《ステエション》にお幾が演じた喜劇を知っている判事には、婆さんの昔の栄華も、俳優《やくしゃ》を茶屋の二階へ呼びなどしたことのある様子も、この寂寞《せきばく》の境に堪え得て一人で秋冬を送るのも、全体を通じて思い合さるる事ばかりであるが、可《よ》し、それもこれも判事がお米
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