したが、誰も居《お》りません、あすこはまた一倍立派でございますね、西洋の緞子《どんす》みたような綾《あや》で張詰めました、腰をかけますとふわりと沈んで、爪尖《つまさき》がポンとこう、」
婆さんは手を揃えて横の方で軽く払《はた》き、
「刎上《はねあが》りますようなのに控え込んで、どうまた度胸が据《すわ》りましたものか澄しております処へ、ばらばらと貴方、四五人入っておいでなすったのが、その沢井様の奥様の御同勢でございまして。
いきなり卓子《テエブル》の上へショオルだの、信玄袋だのがどさどさと並びますと、連《つれ》の若い男の方が鉄砲をどしりとお乗せなすった。銃口《つつぐち》が私《わたくし》の胸の処へ向きましたものでございますから、飛上って旦那様、目もくらみながらお辞儀をいたしますると、奥様のお声で、
おやお婆さん、ここは上等の待合室なんだよ、とどうでしょう……こうでございます。
人の胃袋の加減や腹工合はどうであろうと、私が腑《ふ》に落ちないと申しますのはここなんでございますが、その時はただもう冷汗びッしょり、穴へでも入りたい気になりまして、しおしお片隅の氷のような腰掛へ下りました。
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