当《あて》にはしないで心頼りと思うております。それへ久しぶりで不沙汰《ぶさた》見舞に参りますと、狭い処へ一晩泊めてくれまして、翌日《あくるひ》おひる過ぎ帰りがけに、貴方、納屋のわきにございます、柿を取って、土産を持って行きました風呂敷にそれを包んで、おばさん、詰らねえものを重くッても、持って行ッとくんなせえ。そのかわり私が志で、ここへわざと端銭《はしたぜに》をこう勘定して置きます、これでどうぞ腰の痛くねえ汽車の中等へ乗って、と割って出しましただけに心持が嬉しゅうございましょう。勿体ないがそれでは乗ろうよ。ああ、おばさん御機嫌ようと、女房も深切な。
二人とも野良へ出がけ、それではお見送《みおくり》はしませんからと、跣足《はだし》のまま並んで門《かど》へ立って見ております。岩淵から引返して停車場《ステエション》へ来ますと、やがて新宿行のを売出します、それからこの服装《みなり》で気恥かしくもなく、切符を買ったのでございますが、一等二等は売出す口も違いますね、旦那様。
人ごみの処をおしもおされもせず、これも夫婦の深切と、嬉しいにつけて気が勇みますので、臆面《おくめん》もなく別の待合へ入りま
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