はちょいちょいこの池の緋鯉や目高に麩《ふ》を遣りにいらっしゃいますが、ここらの者はみんな姫様《ひいさま》々々と申しますよ。
 奥様のお顔も存じております、私《わたくし》がついお米と馴染《なじみ》になりましたので、お邸の前を通りますれば折節お台所口へ寄りましては顔を見て帰りますが、お米の方でも私《わたくし》どものようなものを、どう間違えたかお婆さんお婆さんと、一体|人懐《ひとなつこ》いのにまた格別に慕ってくれますので、どうやら他人とは思えません。」
 婆さんはこの時、滝登《たきのぼり》の懸物、柱かけの生花、月並の発句を書きつけた額などを静《しずか》に※[#「目+句」、第4水準2−81−91]《みまわ》したから、判事も釣込まれてなぜとはなくあたりを眺めた。
 向直って顔を見合せ、
「この家《うち》は旦那様、停車場《ステエション》前に旅籠屋《はたごや》をいたしております、甥《おい》のものでも私《わたくし》はまあその厄介でございます。夏この滝の繁昌《はんじょう》な時分はかえって貴方、邪魔もので本宅の方へ参っております、秋からはこうやって棄てられたも同然、私《わたくし》も姨捨山《おばすてやま》に
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