は御本人、」
「また出会ったんですかい。」
と聞くものも待ち構える。
「今度は反対に、浜の方から帰って来るのと、浜へ出ようとする御新姐《ごしんぞ》と、例の出口の処で逢ったと言います。
大分もう薄暗くなっていましたそうで……土用《どよう》あけからは、目に立って日が詰《つま》ります処《ところ》へ、一度は一度と、散歩のお帰りが遅くなって、蚊遣《かや》りでも我慢が出来ず、私《わたくし》が此処《ここ》へ蚊帳《かや》を釣って潜込《もぐりこ》んでから、帰って見えて、晩飯《ばんめし》ももう、なぞと言われるさえ折々の事。
爾時《そのとき》も、早や黄昏《たそがれ》の、とある、人顔《ひとがお》、朧《おぼろ》ながら月が出たように、見違えないその人と、思うと、男が五人、中に主人もいたでありましょう。婦人《おんな》は唯《ただ》御新姐《ごしんぞ》一人、それを取巻く如くにして、どやどやと些《ち》と急足《いそぎあし》で、浪打際《なみうちぎわ》の方へ通ったが、その人数《にんず》じゃ、空頼《そらだの》めの、余所《よそ》ながら目礼|処《どころ》の騒ぎかい、貴下《あなた》、その五人の男というのが。」
十五
「眉の太い、怒《いか》り鼻《ばな》のがあり、額《ひたい》の広い、顎《あご》の尖《とが》った、下目《しため》で睨《にら》むようなのがあり、仰向《あおむ》けざまになって、頬髯《ほおひげ》の中へ、煙も出さず葉巻を突込《つッこ》んでいるのがある。くるりと尻を引捲《ひんまく》って、扇子《せんす》で叩いたものもある。どれも浴衣《ゆかた》がけの下司《げす》は可《い》いが、その中に浅黄《あさぎ》の兵児帯《へこおび》、結目《むすびめ》をぶらりと二尺ぐらい、こぶらの辺《あたり》までぶら下げたのと、緋縮緬《ひぢりめん》の扱帯《しごき》をぐるぐる巻きに胸高《むなだか》は沙汰《さた》の限《かぎり》。前のは御自分ものであろうが、扱帯《しごき》の先生は、酒の上で、小間使《こまづかい》のを分捕《ぶんどり》の次第らしい。
これが、不思議に客人の気を悪くして、入相《いりあい》の浪も物凄《ものすご》くなりかけた折からなり、あの、赤鬼《あかおに》青鬼《あおおに》なるものが、かよわい人を冥土《めいど》へ引立《ひきた》てて行《ゆ》くようで、思いなしか、引挟《ひきはさ》まれた御新姐《ごしんぞ》は、何んとなく物寂《ものさび》しい、快《こころよ》からぬ、滅入《めい》った容子《ようす》に見えて、ものあわれに、命がけにでも其奴《そいつ》らの中から救って遣《や》りたい感じが起った。家庭の様子もほぼ知れたようで、気が揉《も》める、と言われたのでありますが、貴下《あなた》、これは無理じゃて。
地獄の絵に、天女が天降《あまくだ》った処《ところ》を描いてあって御覧なさい。餓鬼《がき》が救われるようで尊《とうと》かろ。
蛇が、つかわしめじゃと申すのを聞いて、弁財天《べんざいてん》を、ああ、お気の毒な、さぞお気味が悪かろうと思うものはありますまいに。迷いじゃね。」
散策子はここに少しく腕組みした。
「しかし何ですよ、女は、自分の惚《ほ》れた男が、別嬪《べっぴん》の女房を持ってると、嫉妬《やく》らしいようですがね。男は反対です、」
と聊《いささ》か論ずる口吻《くちぶり》。
「ははあ、」
「男はそうでない。惚れてる婦人《おんな》が、小野小町花《おののこまちのはな》、大江千里月《おおえのちさとのつき》という、対句《ついく》通りになると安心します。
唯今《ただいま》の、その浅黄《あさぎ》の兵児帯《へこおび》、緋縮緬《ひぢりめん》の扱帯《しごき》と来ると、些《ち》と考えねばならなくなる。耶蘇教《やそきょう》の信者の女房が、主《しゅ》キリストと抱かれて寝た夢を見たと言うのを聞いた時の心地《こころもち》と、回々教《フイフイきょう》の魔神《ましん》になぐさまれた夢を見たと言うのを聞いた時の心地《こころもち》とは、きっとそれは違いましょう。
どっち路《みち》、嬉《うれし》くない事は知れていますがね、前のは、先《ま》ず先ずと我慢が出来る、後《あと》のは、堪忍《かんにん》がなりますまい。
まあ、そんな事は措《お》いて、何んだってまた、そう言う不愉快な人間ばかりがその夫人を取巻いているんでしょう。」
「そこは、玉脇《たまわき》がそれ鍬《くわ》の柄《つか》を杖《つえ》に支《つ》いて、ぼろ半纏《ばんてん》に引《ひっ》くるめの一件で、ああ遣《や》って大概《たいがい》な華族も及ばん暮しをして、交際にかけては銭金《ぜにかね》を惜《おし》まんでありますが、情《なさけ》ない事には、遣方《やりかた》が遣方《やりかた》ゆえ、身分、名誉ある人は寄《よッ》つきませんで、悲哉《かなしいかな》その段は、如何《いかが》わしい連中ばかり。」
「お
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