っと》も靄《もや》に包まれながら――
 そこで、何か見極《みきわ》めたい気もして、その平地《ひらち》を真直《まっすぐ》に行《ゆ》くと、まず、それ、山の腹が覗《のぞ》かれましたわ。
 これはしたり! 祭礼《まつり》は谷間《たにま》の里からかけて、此処《ここ》がそのとまりらしい。見た処《ところ》で、薄くなって段々に下へ灯影《ひかげ》が濃くなって次第に賑《にぎや》かになっています。
 やはり同一《おんなじ》ような平《たいら》な土で、客人のござる丘と、向うの丘との中に箕《み》の形になった場所。
 爪尖《つまさき》も辷《すべ》らず、静《しずか》に安々《やすやす》と下りられた。
 ところが、箕《み》の形の、一方はそれ祭礼《まつり》に続く谷の路《みち》でございましょう。その谷の方に寄った畳なら八畳ばかり、油が広く染《にじ》んだ体《てい》に、草がすっぺりと禿《は》げました。」
 といいかけて、出家は瀬戸物《せともの》の火鉢を、縁《えん》の方へ少しずらして、俯向《うつむ》いて手で畳を仕切った。
「これだけな、赤地《あかじ》の出た上へ、何かこうぼんやり踞《うずくま》ったものがある。」
 ト足を崩してとかくして膝に手を置いた。
 思わず、外《と》の方《かた》を見た散策子は、雲のやや軒端《のきば》に近く迫るのを知った。
「手を上げて招いたと言います――ゆったりと――行《ゆ》くともなしに前へ出て、それでも間《あいだ》二、三|間《げん》隔《へだた》って立停《たちど》まって、見ると、その踞《うずくま》ったものは、顔も上げないで俯向《うつむ》いたまま、股引《ももひき》ようのものを穿《は》いている、草色《くさいろ》の太い胡坐《あぐら》かいた膝の脇に、差置《さしお》いた、拍子木《ひょうしぎ》を取って、カチカチと鳴らしたそうで、その音が何者か歯を噛合《かみあ》わせるように響いたと言います。
 そうすると、」
「はあ、はあ、」
「薄汚れた帆木綿《ほもめん》めいた破穴《やれあな》だらけの幕が開《あ》いたて、」
「幕が、」
「さよう。向う山の腹へ引いてあったが、やはり靄《もや》に見えていたので、そのものの手に、綱が引いてあったと見えます、踞《うずくま》ったままで立ちもせんので。
 窪《くぼ》んだ浅い横穴じゃ。大きかったといいますよ。正面に幅一|間《けん》ばかり、尤《もっと》も、この辺にはちょいちょいそういうの
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