きせる》が打附《ぶつか》りそうになるので、抱かれた児《こ》は、親仁より、余計に額《ひたい》に皺《しわ》を寄せて、雁首《がんくび》を狙《ねら》って取ろうとする。火は附いていないから、火傷《やけど》はさせぬが、夢中で取られまいと振動《ふりうご》かす、小児《こども》は手を出す、飛車を遁《に》げる。
 よだれを垂々《たらたら》と垂らしながら、占《しめ》た! とばかり、やにわに対手《あいて》の玉将《たいしょう》を引掴《ひッつか》むと、大きな口をへの字形《じなり》に結んで見ていた赭《あか》ら顔《がお》で、脊高《せいたか》の、胸の大きい禅門《ぜんもん》が、鉄梃《かなてこ》のような親指で、いきなり勝った方の鼻っ頭《ぱしら》をぐいと掴《つか》んで、豪《えら》いぞ、と引伸《ひんの》ばしたと思《おぼ》し召せ、ははははは。」

       十八

「大きな、ハックサメをすると煙草《たばこ》を落した。額《おでこ》こッつりで小児《こども》は泣き出す、負けた方は笑い出す、涎《よだれ》と何んかと一緒でござろう。鼻をつまんだ禅門《ぜんもん》、苦々《にがにが》しき顔色《がんしょく》で、指を持余《もてあま》した、塩梅《あんばい》な。
 これを機会《しお》に立去ろうとして、振返ると、荒物屋と葭簀《よしず》一枚、隣家《りんか》が間《ま》に合わせの郵便局で。其処《そこ》の門口《かどぐち》から、すらりと出たのが例のその人。汽車が着いたと見えて、馬車、車がらがらと五、六台、それを見に出たものらしい、郵便局の軒下《のきした》から往来を透かすようにした、目が、ばったり客人と出逢ったでありましょう。
 心ありそうに、そうすると直ぐに身を引いたのが、隔ての葭簀《よしず》の陰になって、顔を背向《そむ》けもしないで、其処《そこ》で向直《むきなお》ってこっちを見ました。
 軒下の身を引く時、目で引《ひき》つけられたような心持《ここち》がしたから、こっちもまた葭簀越《よしずごし》に。
 爾時《そのとき》は、総髪《そうはつ》の銀杏返《いちょうがえし》で、珊瑚《さんご》の五分珠《ごぶだま》の一本差《いっぽんざし》、髪の所為《せい》か、いつもより眉が長く見えたと言います。浴衣《ゆかた》ながら帯には黄金鎖《きんぐさり》を掛けていたそうでありますが、揺れてその音のするほど、こっちを透《すか》すのに胸を動かした、顔がさ、葭簀《よしず》を横
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