》ばかりで、流れるのではありません、どんより鼠色《ねずみいろ》に淀《よど》んだ岸に、浮きもせず、沈みもやらず、末始終《すえしじゅう》は砕けて鯉《こい》鮒《ふな》にもなりそうに、何時頃《いつごろ》のか五、六本、丸太が浸《ひた》っているのを見ると、ああ、切組《きりく》めば船になる。繋合《つなぎあ》わせば筏《いかだ》になる。しかるに、綱も棹《さお》もない、恋の淵《ふち》はこれで渡らねばならないものか。
生身《いきみ》では渡られない。霊魂《たましい》だけなら乗れようものを。あの、樹立《こだち》に包まれた木戸《きど》の中には、その人が、と足を爪立《つまだ》ったりなんぞして。
蝶《ちょう》の目からも、余りふわふわして見えたでござろう。小松の中をふらつく自分も、何んだかその、肩から上ばかりに、裾《すそ》も足もなくなった心地、日中《ひなか》の妙《みょう》な蝙蝠《こうもり》じゃて。
懐中《かいちゅう》から本を出して、
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蝋光高懸照紗空《ろうこうたかくかかりしゃをてらしてむなし》、 花房夜搗紅守宮《かぼうよるつくこうしゅきゅう》、
|象口吹香※[#「搨のつくり+毛」、62−12]※[#「登+毛」、62−12」暖《ぞうこうこうをふいてとうとうあたたかに》、 七星挂城聞漏板《しちせいしろにかかってろうばんをきく》、
寒入罘※[#「よんがしら/思」、62−13]殿影昏《さむさふしにいってでんえいくらく》、 彩鸞簾額著霜痕《さいらんれんがくそうこんをつく》、
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ええ、何んでも此処《ここ》は、蛄《けら》が鉤闌《こうらん》の下に月に鳴く、魏《ぎ》の文帝《ぶんてい》に寵《ちょう》せられた甄夫人《けんふじん》が、後《のち》におとろえて幽閉されたと言うので、鎖阿甄《あけんをとざす》。とあって、それから、
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夢入家門上沙渚《ゆめにかもんにいってしゃしょにのぼる》、 天河落処長洲路《てんがおつるところちょうしゅうのみち》、
願君光明如太陽《ねがわくばきみこうみょうたいようのごとくなれ》、
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妾《しょう》を放《はな》て、そうすれば、魚《うお》に騎《き》し、波を※[#「てへん+敝」、第4水準2−13−46]《ひら》いて去らん、というのを微吟《びぎん》して、思わず、襟《えり》にはらはらと涙
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