えさ》は振舞《ふるま》う気で、粋《いき》な後姿を見送っていたものと見えますよ。
(やあ、)と言って、十二、三の一番上の児《こ》が、駈けて返って、橋の上へ落して行った白い手巾《ハンケチ》を拾ったのを、懐中《ふところ》へ突込《つッこ》んで、黙ってまた飛んで行ったそうで。小児《こども》だから、辞儀《じぎ》も挨拶《あいさつ》もないでございます。
御新姐《ごしんぞ》が、礼心《れいごころ》で顔だけ振向いて、肩へ、頤《おとがい》をつけるように、唇を少し曲げて、その涼《すずし》い目で、熟《じっ》とこちらを見返ったのが取違えたものらしい。私《わたくし》が許《とこ》の客人と、ぴったり出会ったでありましょう。
引込《ひきこ》まれて、はッと礼を返したが、それッきり。御新姐《ごしんぞ》の方は見られなくって、傍《わき》を向くと貴下《あなた》、一厘土器《いちもんかわらけ》が怪訝《けげん》な顔色《かおつき》。
いやもう、しっとり冷汗《ひやあせ》を掻いたと言う事、――こりゃなるほど。極《きまり》がよくない。
局外《はた》のものが何んの気もなしに考えれば、愚にもつかぬ事なれど、色気があって御覧《ごろう》じろ。第一、野良声《のらごえ》の調子ッぱずれの可笑《おかし》い処《ところ》へ、自分主人でもない余所《よそ》の小児《こども》を、坊やとも、あの児《こ》とも言うにこそ、へつらいがましい、お坊ちゃまは不見識の行止《ゆきどま》り、申さば器量《きりょう》を下げた話。
今一方《いまいっぽう》からは、右の土器殿《かわらけどの》にも小恥《こっぱず》かしい次第でな。他人のしんせつで手柄をしたような、変な羽目になったので。
御本人、そうとも口へ出して言われませなんだが、それから何んとなく鬱《ふさ》ぎ込むのが、傍目《よそめ》にも見えたであります。
四、五日、引籠《ひきこも》ってござったほどで。
後《のち》に、何も彼《か》も打明けて私《わたくし》に言いなさった時の話では、しかしまたその間違《まちがい》が縁《えん》になって、今度出会った時は、何んとなく両方で挨拶《あいさつ》でもするようになりはせまいか。そうすれば、どんなにか嬉《うれ》しかろう、本望《ほんもう》じゃ、と思われたそうな。迷いと申すはおそろしい、情《なさけ》ないものでござる。世間|大概《たいがい》の馬鹿も、これほどなことはないでございます。
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