ッ》つけりゃ血になるだ、なぞと、ひそひそ話《ばなし》を遣《や》るのでござって、」
「そういう人たちはまた可《い》い塩梅《あんばい》に穿《ほ》り当てないもんですよ。」
と顔を見合わせて二人が笑った。
「よくしたものでございます。いくら隠していることでも何処《どこ》をどうして知れますかな。
いや、それについて、」
出家は思出《おもいだ》したように、
「こういう話がございます。その、誰にも言うな、と堅く口留《くちど》めをされた斉之助《せいのすけ》という小児《こども》が、(父様《とっさま》は野良《のら》へ行って、穴のない天保銭《てんぽうせん》をドシコと背負《しょ》って帰らしたよ。)
……如何《いかが》でござる、ははははは。」
「なるほど、穴のない天保銭。」
「その穴のない天保銭が、当主でございます。多額納税議員《たがくのうぜいぎいん》、玉脇斉之助《たまわきせいのすけ》、令夫人おみを殿、その歌をかいた美人であります、如何《いかが》でございます、貴下《あなた》、」
十二
「先ずお茶を一ツ。御約束通り渋茶でござって、碌《ろく》にお茶台《ちゃだい》もありませんかわりには、がらんとして自然に片づいております。お寛《くつろ》ぎ下さい。秋になりますると、これで町へ遠うございますかわりには、栗《くり》柿《かき》に事を欠きませぬ。烏《からす》を追って柿を取り、高音《たかね》を張ります鵙《もず》を驚かして、栗を落してなりと差上げましょうに。
まあ、何よりもお楽に、」
と袈裟《けさ》をはずして釘《くぎ》にかけた、障子《しょうじ》に緋桃《ひもも》の影法師《かげぼうし》。今物語《いまものがたり》の朱《しゅ》にも似て、破目《やれめ》を暖《あたたか》く燃ゆる状《さま》、法衣《ころも》をなぶる風情《ふぜい》である。
庵室《あんじつ》から打仰《うちあお》ぐ、石の階子《はしご》は梢《こずえ》にかかって、御堂《みどう》は屋根のみ浮いたよう、緑の雲にふっくりと沈んで、山の裾《すそ》の、縁《えん》に迫って萌葱《もえぎ》なれば、あま下《さが》る蚊帳《かや》の外に、誰《たれ》待つとしもなき二人、煙《けぶ》らぬ火鉢のふちかけて、ひらひらと蝶《ちょう》が来る。
「御堂《おどう》の中では何んとなく気もあらたまります。此処《ここ》でお茶をお入れ下すった上のお話じゃ、結構《けっこう》過ぎますほどで
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