め》充満《いっぱい》のが、時ならぬ曼珠沙華《まんじゅしゃげ》が咲いたように、山際《やまぎわ》に燃えていて、五月雨《さみだれ》になって消えましたとな。
 些《ちっ》と日数《ひかず》が経ってから、親仁どのは、村方《むらかた》の用達《ようたし》かたがた、東京へ参ったついでに芝口《しばぐち》の両換店《りょうがえや》へ寄って、汚《きたな》い煙草入《たばこいれ》から煙草の粉だらけなのを一枚だけ、そっと出して、いくらに買わっしゃる、と当って見ると、いや抓《つま》んだ爪《つめ》の方が黄色いくらいでござったに、正《しょう》のものとて争われぬ、七|両《りょう》ならば引替《ひきか》えにと言うのを、もッと気張《きば》ってくれさっせえで、とうとう七両一|分《ぶ》に替えたのがはじまり。
 そちこち、気長《きなが》に金子《かね》にして、やがて船一|艘《そう》、古物《ふるもの》を買い込んで、海から薪炭《まきすみ》の荷を廻し、追々《おいおい》材木へ手を出しかけ、船の数も七艘までに仕上げた時、すっぱりと売物に出して、さて、地面を買う、店を拡げる、普請《ふしん》にかかる。
 土台が極《きま》ると、山の貸元《かしもと》になって、坐っていて商売が出来るようになりました、高利《こうり》は貸します。
 どかとした山の林が、あの裸になっては、店さきへすくすくと並んで、いつの間にか金《かね》を残しては何処《どこ》へか参る。
 そのはずでござるて。
 利のつく金子《かね》を借りて山を買う、木を伐《き》りかけ、資本《もとで》に支《つか》える。ここで材木を抵当《ていとう》にして、また借りる。すぐに利がつく、また伐りかかる、資本《もとで》に支《つか》える、また借りる、利でござろう。借りた方は精々《せっせっ》と樹《き》を伐《き》り出して、貸元《かしもと》の店へ材木を並べるばかり。追っかけられて見切って売るのを、安く買い込んでまた儲《もう》ける。行ったり、来たり、家の前を通るものが、金子《かね》を置いては失せるのであります。
 妻子眷属《さいしけんぞく》、一時《いっとき》にどしどしと殖《ふ》えて、人は唯《ただ》、天狗《てんぐ》が山を飲むような、と舌を巻いたでありまするが、蔭《かげ》じゃ――その――鍬《くわ》を杖《つえ》で胴震《どうぶる》いの一件をな、はははは、こちとら、その、も一ツの甕《かめ》の朱《しゅ》の方だって、手を押《お
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