、其処《そこ》から襦袢《じゅばん》の友染《ゆうぜん》が、豊かに膝まで捌《さば》かれた。雪駄《せった》は一《ひと》ツ土に脱いで、片足はしなやかに、草に曲げているのである。
 前を通ろうとして、我にもあらず立淀《たちよど》んだ。散策子は、下衆儕《げしゅうばら》と賭物《かけもの》して、鬼が出る宇治橋《うじばし》の夕暮を、唯《ただ》一騎《いっき》、東へ打《う》たする思《おもい》がした。
 かく近づいた跫音《あしおと》は、件《くだん》の紫の傘を小楯《こだて》に、土手へかけて悠然《ゆうぜん》と朧《おぼろげ》に投げた、艶《えん》にして凄《すご》い緋《ひ》の袴《はかま》に、小波《さざなみ》寄する微《かすか》な響きさえ与えなかったにもかかわらず、こなたは一ツ胴震《どうぶる》いをして、立直《たちなお》って、我知らず肩を聳《そび》やかすと、杖《ステッキ》をぐいと振って、九字《くじ》を切りかけて、束々《つかつか》と通った。
 路は、あわれ、鬼の脱いだその沓《くつ》を跨《また》がねばならぬほど狭いので、心から、一方は海の方《かた》へ、一方は橿原《かしわばら》の山里へ、一方は来《こ》し方《かた》の巌殿《いわど》に
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