なる、久能谷《くのや》のこの出口は、あたかも、ものの撞木《しゅもく》の形《なり》。前は一面の麦畠《むぎばたけ》。
正面に、青麦《あおむぎ》に対した時、散策子の面《おもて》はあたかも酔えるが如きものであった。
南無三宝《なむさんぼう》声がかかった。それ、言わぬことではない。
「…………」
一散《いっさん》に遁《に》げもならず、立停《たちど》まった渠《かれ》は、馬の尾に油を塗って置いて、鷲掴《わしづか》みの掌《たなそこ》を辷《すべ》り抜けなんだを口惜《くちおし》く思ったろう。
「私《わたし》。」
と振返って、
「ですかい、」と言いつつ一目《ひとめ》見たのは、頭《かしら》禿《かむろ》に歯《は》豁《あらわ》なるものではなく、日の光|射《さ》す紫のかげを籠《こ》めた俤《おもかげ》は、几帳《きちょう》に宿る月の影、雲の鬢《びんずら》、簪《かざし》の星、丹花《たんか》の唇、芙蓉《ふよう》の眦《まなじり》、柳の腰を草に縋《すが》って、鼓草《たんぽぽ》の花に浮べる状《さま》、虚空にかかった装《よそおい》である。
白魚《しらお》のような指が、ちょいと、紫紺《しこん》の半襟《はんえり》を引き合わせ
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