だ》しても来さっしゃらねえもんだで、まだ帰らっしゃらねえでごぜえましょう。
それとも身軽でハイずんずん行かっせえたもんだで、山越しに名越《なごえ》の方さ出《だ》さっしゃったかも知れましねえ、)言うたらばの。
(お見上げ申したら、よくお礼を申して下さいよ。)ッてよ。
その溝さ飛越《とびこ》して、その路《みち》を、」
垣の外のこなたと同一《おんなじ》通筋《とおりすじ》。
「ハイぶうらりぶうらり、谷戸《やと》の方へ、行かしっけえ。」
と言いかけて身体《からだ》ごと、この巌殿《いわど》から橿原《かしわばら》へ出口の方へ振向いた。身の挙動《こなし》が仰山《ぎょうさん》で、さも用ありげな素振《そぶり》だったので、散策子もおなじくそなたを。……帰途《かえるさ》の渠《かれ》にはあたかも前途《ゆくて》に当る。
「それ見えるでがさ。の、彼処《あすこ》さ土手の上にござらっしゃる。」
錦《にしき》の帯を解いた様な、媚《なま》めかしい草の上、雨のあとの薄霞《うすがすみ》、山の裾《すそ》に靉靆《たなび》く中《うち》に一張《いっちょう》の紫《むらさき》大きさ月輪《げつりん》の如く、はた菫《すみれ》の花束に
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