ねえ。どうしべいな、長アくして思案のしていりゃ、遠くから足の尖《さき》を爪立《つまだ》って、お殺しでない、打棄《うっちゃ》っておくれ、御新姐《ごしんぞ》は病気のせいで物事《ものごと》気にしてなんねえから、と女中たちが口を揃《そろ》えていうもんだでね、芸《げえ》もねえ、殺生《せっしょう》するにゃ当らねえでがすから、藪畳《やぶだた》みへ潜《もぐ》らして退《の》けました。
 御新姐《ごしんぞ》は、気分が勝《すぐ》れねえとって、二階に寝てござらしけえ。
 今しがた小雨《こさめ》が降って、お天気が上ると、お前様《めえさま》、雨よりは大きい紅色《べにいろ》の露がぽったりぽったりする、あの桃の木の下の許《とこ》さ、背戸口《せどぐち》から御新姐《ごしんぞ》が、紫色の蝙蝠傘《こうもりがさ》さして出てござって、(爺《じい》やさん、今ほどはありがとう。その厭《いや》なもののいた事を、通りがかりに知らして下すったお方は、巌殿《いわど》の方へおいでなすったというが、まだお帰りになった様子はないかい。)ッて聞かしった。
(どうだかね、私《わし》、内方《うちかた》へ参ったは些《ちい》との間《ま》だし、雨に駈出《かけ
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