ら……唯《ただ》心持《こころもち》だけなんだから……」
「じゃ、唯《ただ》持って行きゃ可《い》いのかね、奥さん、」
と聞いて頷《うなず》くのを見て、年紀上《としうえ》だけに心得顔《こころえがお》で、危《あぶな》っかしそうに仰向《あおむ》いて吃驚《びっくり》した風《ふう》でいる幼い方の、獅子頭《ししがしら》を背後《うしろ》へ引いて、
「こん中へ入れとくだア、奴《やっこ》、大事にして持ッとんねえよ。」
獅子が並んでお辞儀《じぎ》をすると、すたすたと駈け出した。後白浪《あとしらなみ》に海の方《かた》、紅《くれない》の母衣《ほろ》翩翻《へんぽん》として、青麦の根に霞《かす》み行《ゆ》く。
三十五
さて半時ばかりの後、散策子の姿は、一人、彼処《かしこ》から鳩の舞うのを見た、浜辺の藍色《あいいろ》の西洋館の傍《かたわら》なる、砂山の上に顕《あらわ》れた。
其処《そこ》へ来ると、浪打際《なみうちぎわ》までも行《ゆ》かないで、太《いた》く草臥《くたび》れた状《さま》で、ぐッたりと先ず足を投げて腰を卸《おろ》す。どれ、貴女《あなた》のために(ことづけ)の行方《ゆくえ》を見届けま
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