葉を吹く風が渡る。
「貴下《あなた》、」
 と落着《おちつ》いて見返って、
「私の児《こ》かも知れないんですよ。」
 トタンに、つるりと腕《かいな》を辷《すべ》って、獅子は、倒《さかさ》にトンと返って、ぶるぶると身体《からだ》をふったが、けろりとして突立《つッた》った。
「えへへへへへ、」
 此処《ここ》へ勢《いきおい》よく兄獅子が引返《ひきかえ》して、
「頂いたい、頂いたい。」
 二つばかり天窓《あたま》を掉《ふ》ったが、小さい方の背中を突いて、テンとまた撥《ばち》を当てる。
「可《い》いよ、そんなことをしなくっても、」
 と裳《もすそ》をずりおろすようにして止《と》めた顔と、まだ掴《つか》んだままの大《おおき》な銀貨とを互《たがい》に見較《みくら》べ、二個《ふたり》ともとぼんとする。時に朱盆《しゅぼん》の口を開いて、眼《まなこ》を輝《かがやか》すものは何。
「そのかわり、ことづけたいものがあるんだよ、待っておくれ。」
 とその○□△を楽書《らくがき》の余白へ、鉛筆を真直《まっすぐ》に取ってすらすらと春の水の靡《なび》くさまに走らした仮名《かな》は、かくれもなく、散策子に読得《よみえ
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