する声は聞えず、山越えた停車場《ステイション》の笛太鼓《ふえたいこ》、大きな時計のセコンドの如く、胸に響いてトトンと鳴る。
筋向《すじむか》いの垣根《かきね》の際《きわ》に、こなたを待ち受けたものらしい、鍬《くわ》を杖《つ》いて立って、莞爾《にこ》ついて、のっそりと親仁《おやじ》あり。
「はあ、もし今帰らせえますかね。」
「や、先刻は。」
二十五
その莞爾々々《にこにこ》の顔のまま、鍬《くわ》を離した手を揉《も》んで、
「何んともハイ御《ご》しんせつに言わっせえて下せえやして、お庇様《かげさま》で、私《わし》、えれえ手柄《てがら》して礼を聞いたでござりやすよ。」
「別に迷惑にもならなかったかい。」
と悠々《ゆうゆう》としていった時、少なからず風采《ふうさい》が立上《たちあが》って見えた。勿論《もちろん》、対手《あいて》は件《くだん》の親仁だけれど。
「迷惑|処《どころ》ではござりましねえ、かさねがさね礼を言われて、私《わし》大《でっか》くありがたがられました。」
「じゃ、むだにならなかったかい、お前さんが始末をしたんだね。」
「竹ン尖《さき》で圧《おさ》えつけて
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