お言いなすった、その方《かた》の事を御覧なさるでしょうね。」
「その貴下《あなた》に肖《に》た、」
「否《いいえ》さ、」
 ここで顔を見合わせて、二人とも※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]《むし》っていた草を同時に棄てた。
「なるほど。寂《しん》としたもんですね、どうでしょう、この閑《しずか》さは……」
 頂《いただき》の松の中では、頻《しきり》に目白《めじろ》が囀《さえず》るのである。

       三十一

「またこの橿原《かしわばら》というんですか、山の裾《すそ》がすくすく出張《でば》って、大きな怪物《ばけもの》の土地の神が海の方へ向って、天地に開いた口の、奥歯へ苗代田《なわしろだ》麦畠《むぎばたけ》などを、引銜《ひっくわ》えた形に見えます。谷戸《やと》の方は、こう見た処《ところ》、何んの影もなく、春の日が行渡《ゆきわた》って、些《ち》と曇《くもり》があればそれが霞《かすみ》のような、長閑《のどか》な景色でいながら、何んだか厭《いや》な心持《こころもち》の処ですね。」
 美女《たおやめ》は身を震わして、何故《なぜ》か嬉《うれ》しそうに、
「ああ、貴下《あなた》もその
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