楽というものが、アノ確《たしか》に目に見えて、そして死んで行《ゆ》くと同一《おなじ》心持《こころもち》なんでしょう。
楽しいと知りつつも、情《なさけ》ない、心細い、頼りのない、悲しい事なんじゃありませんか。
そして涙が出ますのは、悲しくって泣くんでしょうか、甘えて泣くんでしょうかねえ。
私はずたずたに切られるようで、胸を掻きむしられるようで、そしてそれが痛くも痒《かゆ》くもなく、日当りへ桃の花が、はらはらとこぼれるようで、長閑《のどか》で、麗《うららか》で、美しくって、それでいて寂《さび》しくって、雲のない空が頼りのないようで、緑の野が砂原《すなはら》のようで、前生《ぜんせ》の事のようで、目の前の事のようで、心の内が言いたくッて、言われなくッて、焦《じれ》ッたくって、口惜《くやし》くッて、いらいらして、じりじりして、そのくせぼッとして、うっとり地《じ》の底へ引込《ひきこ》まれると申しますより、空へ抱《だ》き上げられる塩梅《あんばい》の、何んとも言えない心持《こころもち》がして、それで寝ましたんですが、貴下《あなた》、」
小雨《こさめ》が晴れて日の照るよう、忽《たちま》ち麗《うら
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