《ほか》に見当は付かない。……私はその時は前夜着いた電車の停車場の方へ遁足《にげあし》に急いだっけが――笑うものは笑え。――そよぐ風よりも、湖の蒼《あお》い水が、蘆の葉ごしにすらすらと渡って、おろした荷の、その小魚にも、蕈にも颯《さっ》とかかる、霜こしの黄茸《きたけ》の風情が忘れられない。皆とは言わぬが、再びこの温泉に遊んだのも、半ばこの蕈に興じたのであった。
 ――ほぼ心得た名だけれど、したしいものに近づくとて、あらためて、いま聞いたのである。

「この蕈は何と言います。」
 何が何でも、一方は人の内室である、他は淑女たるに間違いない。――その真中《まんなか》へ顔を入れたのは、考えると無作法千万で、都会だと、これ交番で叱られる。
「霜こしやがね。」と買手の古女房が言った。
「綺麗《きれい》だね。」
 と思わず言った。近優《ちかまさ》りする若い女の容色《きりょう》に打たれて、私は知らず目を外《そら》した。
「こちらは、」
 と、片隅に三つばかり。この方は笠を上にした茶褐色で、霜こしの黄なるに対して、女郎花《おみなえし》の根にこぼれた、茨《いばら》の枯葉のようなのを、――ここに二人たった
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