美しかった。
 山国に育ったから、学問の上の知識はないが……蕈の名の十《とお》やら十五は知っている。が、それはまだ見た事がなかった。……それに、私は妙に蕈が好きである。……覗込んで何と言いますかと聞くと「霜こしや。」と言った。「ははあ、霜こし。」――十一月初旬で――松蕈《まつたけ》はもとより、しめじの類にも時節はちと寒過ぎる。……そこへ出盛る蕈らしいから、霜を越すという意味か、それともこの蕈が生えると霜が降る……霜を起すと言うのかと、その時、考うる隙《ひま》もあらせず、「旦那《だんな》さんどうですね。」とその魚売が笊をひょいと突きつけると、煮染屋の女房が、ずんぐり横肥りに肥った癖に、口の軽い剽軽《ひょうきん》もので、
「買うてやらさい。旦那さん、酒の肴《さかな》に……はははは、そりゃおいしい、猪《しし》の味や。」と大口を開けて笑った。――紳士淑女の方々に高い声では申兼《もうしか》ねるが、猪はこのあたりの方言で、……お察しに任せたい。
 唄で覚えた。
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薬師山から湯宿を見れば、ししが髪|結《ゆ》て身をやつす。
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 いや……と言ったばかりで、外
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