小春の狐
泉鏡花

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)蜆《しじみ》の汁

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)雲|忽《たちま》ち

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)魴※[#「魚+弗」、第3水準1−94−37]《ほうぼう》の
−−

       一

 朝――この湖の名ぶつと聞く、蜆《しじみ》の汁で。……燗《かん》をさせるのも面倒だから、バスケットの中へ持参のウイスキイを一口。蜆汁にウイスキイでは、ちと取合せが妙だが、それも旅らしい。……
 いい天気で、暖かかったけれども、北国《ほっこく》の事だから、厚い外套《がいとう》にくるまって、そして温泉宿を出た。
 戸外の広場の一廓《ひとくるわ》、総湯の前には、火の見の階子《はしご》が、高く初冬の空を抽《ぬ》いて、そこに、うら枯れつつも、大樹の柳の、しっとりと静《しずか》に枝垂《しだ》れたのは、「火事なんかありません。」と言いそうである。
 横路地から、すぐに見渡さるる、汀《みぎわ》の蘆《あし》の中
次へ
全34ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング