ね……」
「じゃあ帰途《かえり》に上げましょう。じきそこの宿に泊ったものです。」
「へい、大きに――」
 まったくどうものんびりとしたものだ。私は何かの道中記の挿絵に、土手の薄《すすき》に野茨《のばら》の実がこぼれた中に、折敷《おしき》に栗を塩尻に積んで三つばかり。細竹に筒をさして、四《し》もんと、四つ、銭の形を描き入れて、傍《そば》に草鞋《わらじ》まで並べた、山路の景色を思出した。

       二

「この蕈《きのこ》は何と言います。」
 山沿《やまぞい》の根笹に小流《こながれ》が走る。一方は、日当《ひあたり》の背戸を横手に取って、次第|疎《まばら》に藁屋《わらや》がある、中に半農――この潟《かた》に漁《すなど》って活計《たつき》とするものは、三百人を越すと聞くから、あるいは半漁師――少しばかり商いもする――藁屋草履は、ふかし芋とこの店に並べてあった――村はずれの軒を道へ出て、そそけ髪で、紺の筒袖を上被《うわっぱり》にした古女房が立って、小さな笊に、真黄色《まっきいろ》な蕈を装《も》ったのを、こう覗《のぞ》いている。と笊を手にして、服装《なり》は見すぼらしく、顔も窶《やつ》れ、髪
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