「やあ、旦那、松露なと、黄茸なと、ほんものを売ってやろかね。」
「たかい銭《おあし》で買わっせえ。」
行過ぎたのが、菜畑越に、縺《もつ》れるように、一斉《いっとき》に顔を重ねて振返った。三面|六臂《ろっぴ》の夜叉《やしゃ》に似て、中にはおはぐろの口を張ったのがある。手足を振って、真黒《まっくろ》に喚《わめ》いて行く。
消入りそうなを、背を抱いて引留めないばかりに、ひしと寄った。我が肩するる婦《おんな》の髪に、櫛《くし》もささない前髪に、上手がさして飾ったように、松葉が一葉、青々としかも婀娜《あだ》に斜《はす》にささって、(前こぞう)とか言う簪《かんざし》の風情そのままなのを、不思議に見た。茸《たけ》を狩るうち、松山の松がこぼれて、奇蹟のごとく、おのずから挿さったのである。
「ああ、嬉しい事がある。姉さん、茸が違っても何でも構わない。今日中のいいものが手に入ったよ――顔をお見せ。」
袖でかくすを、
「いや、前髪をよくお見せ。――ちょっと手を触って、当てて御覧、大したものだ。」
「ええ。」
ソッと抜くと、掌《たなそこ》に軽くのる。私の名に、もし松があらば、げにそのままの刺青《いれ
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