ずみ》である。
「素晴らしい簪《かんざし》じゃあないか。前髪にささって、その、容子《ようす》のいい事と言ったら。」
 涙が、その松葉に玉を添えて、
「旦那さん――堪忍して……あの道々、あなたがお幼《ちいさ》い時のお話もうかがいます。――真のあなたのお頼みですのに、どうぞしてと思っても、一つだって見つかりません……嘘と知っていて、そんな茸をあげました。余り欲しゅうございましたので、私にも、私にかってほんとうの茸に見えたんですもの。……お恥かしい身体《からだ》ですが、お言《ことば》のまま、あの、お宿までもお供して……もしその茸をめしあがるんなら、きっとお毒味を先へして、血を吐くつもりでおりました。生命《いのち》がけでだましました。……堪忍して下さいまし。」
「何を言うんだ、飛んでもない。――さ、ちょっと、自分の手でその松葉をさして御覧。……それは容子が何とも言えない、よく似合う。よ。頼むから。」
 と、かさに掛《かか》って、勢《いきおい》よくは言いながら、胸が迫って声が途切れた。
「後生だから。」
「はい、……あの、こうでございますか。」
「上手だ。自分でも髪を結えるね。ああ、よく似合う。
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