知ったのである。
 阿婆《おばば》、これを知ってるか。
 無理に外套に掛けさせて、私も憩った。
 着崩れた二子織《ふたこ》の胸は、血を包んで、羽二重よりも滑《なめらか》である。
 湖の色は、あお空と、松山の翠《みどり》の中に朗《ほがらか》に沁《し》み通った。
 もとのように、就中《なかんずく》遥《はるか》に離れた汀《みぎわ》について行く船は、二|艘《そう》、前後に帆を掛けて辷《すべ》ったが、その帆は、紫に見え、紅《あか》く見えて、そして浪路の襟に映り、肌を染めた。渡鳥がチチと囀《さえず》った。
「あれ、小松山の神さんが。」
 や、や、いかに阿媽《おっかあ》たち、――この趣を知ってるか。――

「旦那、眉毛を濡らさんかねえ。」
「この狐。」
 と一人が、浪路の帯を突きざまに行き抜けると、
「浜でも何人抜かれたやら。」一人がつづいて頤《あご》で掬《すく》った。
「また出て、魅《ばか》しくさるずらえ。」
「真昼間《まっぴるま》だけでも遠慮せいてや。」
「女《め》の狐の癖にして、睾丸《がりま》をつかませたは可笑《おかし》なや、あはははは。」
「そこが化けたのや。」
「おお、可恐《こわ》やの。」
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