のである。
小店の障子に貼紙《はりがみ》して、
(今日より昆布《こぶ》まきあり候。)
……のんびりとしたものだ。口上が嬉しかったが、これから漫歩《そぞろあるき》というのに、こぶ巻は困る。張出しの駄菓子に並んで、笊《ざる》に柿が並べてある。これなら袂《たもと》にも入ろう。「あり候」に挨拶《あいさつ》の心得で、
「おかみさん、この柿は……」
天井裏の蕃椒《とうがらし》は真赤《まっか》だが、薄暗い納戸から、いぼ尻まきの顔を出して、
「その柿かね。へい、食べられましない。」
「はあ?」
「まだ渋が抜けねえだでね。」
「はあ、ではいつ頃食べられます。」
きく奴《やつ》も、聞く奴だが、
「早うて、……来月の今頃だあねえ。」
「成程。」
まったく山家《やまが》はのん気だ。つい目と鼻のさきには、化粧煉瓦《けしょうれんが》で、露台《バルコニイ》と言うのが建っている。別館、あるいは新築と称して、湯宿一軒に西洋づくりの一部は、なくてはならないようにしている盛場でありながら。
「お邪魔をしました。」
「よう、おいで。」
また、おかしな事がある。……くどいと不可《いけな》い。道具だてはしないが、硝
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