げて、その男のために苦労しそうにさえ思われた。
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「これなる松にうつくしき衣《ころも》掛《かか》れり、寄りて見れば色香|妙《たえ》にして……」
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と謡っている。木納屋の傍《わき》は菜畑で、真中《まんなか》に朱を輝かした柿の樹がのどかに立つ。枝に渡して、ほした大根のかけ紐《ひも》に青貝ほどの小朝顔が縋《すが》って咲いて、つるの下に朝霜の焚火《たきび》の残ったような鶏頭が幽《かすか》に燃えている。その陽だまりは、山霊に心あって、一封のもみじの音信《たより》を投げた、玉章《たまずさ》のように見えた。
里はもみじにまだ早い。
露地が、遠目鏡《とおめがね》を覗《のぞ》く状《さま》に扇形《おうぎなり》に展《ひら》けて視《なが》められる。湖と、船大工と、幻の天女と、描ける玉章を掻乱《かきみだ》すようで、近く歩《あゆみ》を入るるには惜《おし》いほどだったから……
私は――
(これは城崎関弥《きざきせきや》と言う、筆者の友だちが話したのである。)
――道をかえて、たとえば、宿の座敷から湖の向うにほんのりと、薄い霧に包まれた、白砂の小松山の方に向った
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