、橋がかかると渡ったのは、横に流るる川筋を、一つらに渺々《びょうびょう》と汐《しお》が満ちたのである。水は光る。
橋の袂《たもと》にも、蘆の上にも、随所に、米つき虫は陽炎《かげろう》のごとくに舞って、むらむらむらと下へ巻き下《くだ》っては、トンと上って、むらむらとまた舞いさがる。
一筋の道は、湖の只中《ただなか》を霞の渡るように思われた。
汽車に乗って、がたがた来て、一泊|幾干《いくら》の浦島に取って見よ、この姫君さえ僭越《せんえつ》である。
「ほんとうに太郎と言います、太郎ですよ。――姉さんの名は?……」
「…………」
「姉さんの名は?……」
女は幾度も口籠りながら、手拭《てぬぐい》の端を俯目《ふしめ》に加《くわ》えて、
「浪路《なみじ》。……」
と言った。
――と言うのである。……読者諸君《みなさん》、女の名は浪路だそうです。
四
あれに、翁《おきな》が一人見える。
白砂の小山の畦道《あぜみち》に、菜畑の菜よりも暖かそうな、おのが影法師を、われと慰むように、太い杖《つえ》に片手づきしては、腰を休め休め近づいたのを、見ると、大黒頭巾《だいこくずきん》
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