がほてり、胸が躍った。――題も忘れた、いまは朧気《おぼろげ》であるから何も言うまい。……その恋人同士の、人目のあるため、左右の谷へ、わかれわかれに狩入ったのが、ものに隔てられ、巌《いわ》に遮られ、樹に包まれ、兇漢《くせもの》に襲われ、獣に脅かされ、魔に誘われなどして、日は暗し、……次第に路を隔てつつ、かくて両方でいのちの限り名を呼び合うのである。一句、一句、会話に、声に――がある……がある……! が重る。――私は夜《よ》も寝られないまで、翌日の日を待ちあぐみ、日ごとにその新聞の前に立って読み耽《ふけ》った。が、三日、五日、六日、七日になっても、まだその二人は谷と谷を隔てている。!……も、――も、丶も、邪魔なようで焦《じれ》ったい。が、しかしその一つ一つが、峨々《がが》たる巌《いわお》、森《しん》とした樹立《こだち》に見えた。丶《くとう》さえ深く刻んだ谷に見えた。……赤新聞と言うのは唯今《ただいま》でもどこかにある……土地の、その新聞は紙が青かった。それが澄渡った秋深き空のようで、文字は一《ひとつ》ずつもみじであった。作中の娘は、わが恋人で、そして、とぼんと立って読むものは小さな茸《きの
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