らりと立った。――この時、日月《じつげつ》を外にして、その丘に、気高く立ったのは、その人ただ一人であった。草に縋って泣いた虫が、いまは堪《たま》らず蟋蟀《こおろぎ》のように飛出すと、するすると絹の音、颯《さっ》と留南奇《とめき》の香で、もの静《しずか》なる人なれば、せき心にも乱れずに、衝《つ》と白足袋で氈《かも》を辷《すべ》って肩を抱いて、「まあ、可《よ》かった、怪我をなさりはしないかと姉さんは心配しました。」少年はあつい涙を知った。
やがて、世の状《さま》とて、絶えてその人の俤《おもかげ》を見る事の出来ずなってから、心も魂もただ憧憬《あこがれ》に、家さえ、町さえ、霧の中を、夢のように※[#「彳+尚」、第3水準1−84−33]※[#「彳+羊」、第3水準1−84−32]《さまよ》った。――故郷《ふるさと》の大通りの辻に、老舗《しにせ》の書店の軒に、土地の新聞を、日ごとに額面に挿《はさ》んで掲げた。表《おもて》三の面上段に、絵入りの続きもののあるのを、ぼんやりと彳《たたず》んで見ると、さきの運びは分らないが、ちょうど思合った若い男女が、山に茸狩《たけがり》をする場面である。私は一目見て顔
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