うちに我ながら思入って、感激した。
 はかない恋の思出がある。

 もう疾《とく》に、余所《よそ》の歴《れっ》きとした奥方だが、その私より年上の娘さんの頃、秋の山遊びをかねた茸狩に連立った。男、女たちも大勢だった。茸狩に綺羅《きら》は要らないが、山深く分入るのではない。重箱を持参で茣蓙《ござ》に毛氈《もうせん》を敷くのだから、いずれも身ぎれいに装った。中に、襟垢《えりあか》のついた見すぼらしい、母のない児《こ》の手を、娘さん――そのひとは、厭《いと》わしげもなく、親しく曳《ひ》いて坂を上ったのである。衣《きぬ》の香に包まれて、藤紫の雲の裡《うち》に、何も見えぬ。冷いが、時めくばかり、優しさが頬に触れる袖の上に、月影のような青地の帯の輝くのを見つつ、心も空に山路を辿《たど》った。やがて皆、谷々、峰々に散って蕈《きのこ》を求めた。かよわいその人の、一人、毛氈に端坐して、城の見ゆる町を遥《はるか》に、開いた丘に、少しのぼせて、羽織を脱いで、蒔絵《まきえ》の重に片袖を掛けて、ほっと憩《やす》らったのを見て、少年は谷に下りた。が、何を秘《かく》そう。その人のいま居る背後《うしろ》に、一本《ひとも
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